スロウ ドルチェ
今日はバレンタイン。
縁の無いイベントだと解っていたけれど、彼にとってはかかわりのある日になるだろうとは前々から思ってはいた。
実際その現場を眼にすると、あまりいい気はしないもので。
「想像はしてたけど、凄いね」
「いや、もうなんていうか…」
「別に良いんじゃないですか?そんなたじろぐことじゃないと思うけど」
「ちょっと、そんな怒んないでってば」
怒ってる?
確かに怒っていることになるのかもしれない。
彼がこんな状態になるのは、過去の行いを知っていれば安易に解ることなのに。
でも今は、公に明かせるものではないにしろ目の前に居る彼、桐嶋波音と恋人同士なわけで、
彼が愛らしい小さな紙袋にチョコレートを一杯にして持っていたらいい気がしないのも当然だろう。
その箱ひとつひとつには彼への想いが詰まっている。
そんな重い物を彼は、紙袋一杯抱えているのだ。
帰り道。部活動も終え、桐嶋と太朗は一緒に帰っていた。
折角二人っきりでいれる貴重な時間だと言うのに、ねちねちと小言ばかり言っている。
こんな嫉妬心はみっともないのも解っているし、好きだと言ってくれた彼の言葉を疑っているわけじゃない。
つまり、自信が無いのだ。
桐嶋なら、自分よりももっといい人を見つけられるだろう。
ついそう思ってしまう。
今に、チョコレートを貰った彼女たちの方にいってしまうのではないかと。
それに自分は、男なわけだし。
「突っ返せるヤツは突っ返したんだけど、相手の名前も無く放置されてたからさ…ほっといたら他の人に悪いし」
そうじゃなきゃ断ってるよ、本命が居るからもらえないって。
改めて聞くと恥ずかしい言葉だが、純粋に嬉しく思う。
すると、先程までの邪険なものの言い方を悪く思った。
…実は、あんな棘のある言葉を言ったのにも理由がある。
太朗の鞄の中に入っているチョコレート。
貰ったものではなく、太朗自身が桐嶋に渡そうと用意したものだった。
たまたまレシピを見かけて、おいしそうと思っただけで作ってみただけ。
料理は好きだし、下手ではないはずだ。
自分で食べて満足するつもりだったけど、折角だし桐嶋にもあげようと思った。
時期が時期だから恥ずかしいものもあったけれど、少しでも喜んで貰えたらそれでいい。
まさか、あげる立場になるなんて思っても無かったけどなぁ。
なんて心の中で思いつつ、自分なりに頑張ってラッピングしたチョコレートをいつ渡そうかと思って、今現在。
ちらっと見た、桐嶋が持っているもの比べたら自分のものは随分引けの取れる。
考えれば彼女たちは、自分なんかよりずっとその手の技術にかけているわけで、ラッピングひとつにしても綺麗だ。
それらを見てから、正直渡すのを躊躇われて、あのようなことを言ってしまったのかもしれない。
なんだかんだ思ってはみるけれど、このまま持って帰ってしまうなんて馬鹿らしいし、先程の言葉の謝罪も込めて渡してしまおうと思う。
―――少しでも、ほんの少しでも桐嶋が喜んでくれればそれでいい。
「あの…さ」
「ん?」
突然足を止めた太朗に合わせる形で桐嶋も立ち止まった。
「こっこれ…」
「何?」
突然渡された箱に不思議そうな顔をした桐嶋。
しかし数秒たつと、表情に変化が訪れる。
「まさか、これ琴吹からの?」
「うん、よかったら貰ってくれる…かな?」
そんなん、貰わないわけないし。
満面の笑みを浮かべ、受け取ってくれた。
「ここで開けてもいい?」
「いいけど、そんな期待しない方がいいよ」
あせった手つきではあるけれど、ラッピングを丁寧に開けていく桐嶋。
些細な気遣いではあるけれど、大切にされているのだと思えた。
「ちょっと、これ手作りじゃねーの」
「うん。た…たまたま美味しそうだって思って作ってみて、折角だからあげようと思って」
「…たまたま、ねえ。まあいいや、食べてもいい?」
立ちっぱなしもなんだし、その辺座ろうか。
そう言って、導かれるまま道から逸れた所にある河川敷へと連れて行かれた。
二人並んで座り、やっと食べれると言わんばかりに、箱の中に入っているチョコレートに桐嶋は手を伸ばした。
「味は悪くないよ、ちゃんと味見したし」
「いや、別にそんな心配してないよ。太朗が料理上手いの知ってるし。折角だししっかり見ておこうって思っただけ」
そう言って口にチョコレートを放り込んだ。
桐嶋がそれを食べている間、沈黙が訪れる。
味は大丈夫だと思ってはいるが、本人から感想を貰うまでは嫌な緊張が走った。
「いや、もう俺。マジ嬉しいわ」
「へっ?」
暫くして帰ってきた言葉は予想もしなかったもの。
そもそも味の感想ではないから。
「琴吹からチョコレート貰えるなんて思ってなかったからさ…」
恋人が出来た状態なら、バレンタインはほっておけないイベント。
かといって、恋人である太朗にプレゼントをせがむのは何だし、自分からプレゼントしようにも
今、街を賑わせているのは可愛らしいチョコレートばかりで、少し高価なものを渡そうと思っても、
太朗の性格からして気を使って拒まれることは解っていたので自分は、何もせずにいたのに。
太朗は、自分の願いを叶えてくれたのだ。
「ほんと美味しい。ありがとな、わざわざ」
そんな大した材料をつかったわけでもないから、味なんて知れていると思うけれど、
桐嶋はその言葉通りに美味しそうに箱の中のチョコレートをどんどん食べていってくれている。
「このさ、緑のやつ抹茶だよな?」
「うん、トリュフなんだけど周りにつけるのをココアにしないだけで味が大分変わるかなぁと思って」
「俺、これが一番好きかな」
「よかった、それだけ数が出来なくて味見できなかったから」
正確に言うと、他の人にあげたり取られたりしたのだけれど。
作っている最終に頭上から色々言ってきた鷹見にあげ、(墓前にそっと供えてきた、美咲辺りに勘違いされなければいいけれど)
タイミング悪く帰ってきた両親に横からつまみ食いされ。
残すはあげる数になってしまったのだ。
「そうなの、じゃあ…はい」
じゃあ、と言う間に桐嶋は抹茶味のトリュフを口に放り込み、はいと言って太朗のあごを掴んだ。
「ちょっと、なにすん…!」
抗議の言葉は途中で遮られた。
桐嶋により口を塞がれてしまったから。
その後、口の中に広がるのはチョコレートの甘さとほのかな抹茶味。
「なっ、美味しいだろ?」
不意打ちにこんなことをして欲しくない、しかも外だって言うのに何を考えているんだろうか。
「…甘い」
チョコレートが甘いなんて当たり前の感想。
でも、そうとしか思えない。
口移しで食べるなんて思ってもみなかったから。
甘いのは、他に理由があるかもしれないけれど。
「何それ?まあ美味いってのが解ったってことで。俺的にもよかったし」
恥ずかしがる様子も見せず、このようなことを平気でやってくるものだから、思わず尋ねてしまったことがある。
てっきりその手の付き合いに慣れているからだと思っていたが、そうではないらしい。
恥ずかしいには恥ずかしいが、それで我慢するよりも思っていることをそのまま表現したい。
なんて実に桐嶋らしい答えが返ってきたから、その時は思わず笑ってしまった。
今回も多分その流れ。
自分も彼のことは好いているわけだし、嫌ではないのだけれど恥ずかしくて仕方が無い。
「…ひとつ我侭言っていい?」
「珍しいなぁ、太朗からそんなこと言うなんて」
「今持ってるもらったチョコレート。食べちゃうんだよね?」
「うん、まあ。今日は太朗ので満足だから食べないけど」
「出来れば、食べないで、欲しい」
迷惑な話とはわかっている。
別にそのチョコレートを食べてどうこうっていう話でもない。
けれど、それらには自分以外の人からの桐嶋への想いが詰まっていて、
それを口に入れて欲しくなかった。
みっともないと思うけど、彼が自分のことを愛してくれているのを示してくれたから、
自分もこんな我侭を言ってもいいかもしれないと思えた。
「…じゃあこれは姉貴にでも食べてもらうから安心して」
太朗からのあからさまなやきもち。
恥ずかしそうにそんな可愛いことを言ったなら拒めるわけないだろう。
本当に、彼には敵わない。
桐嶋は少し笑ってそう告げてくれた。
些細なヤキモチだと思われているかもしれないけど、自分にとっては重大なこと。
そして、それだけ桐嶋が好きだと伝えるための手段。
奥手な自分と、自分よりはるかに上手な桐嶋との付き合い。
二人で過ごす時間は、酷くゆっくりだけど確かに進んでいて。
とても甘いものだと感じている。
そして、なにより心地よいものだとも。
とりあえず。
・野球部に入ってからめっきり女遊びをやめた、波音くん、しかしファンは根強くバレンタインはえらいことに。
・なんだかんだで言い分けつけてチョコレートを作って手渡す太朗。
・相手にベタなチョコの食べ方をさせる波音くん。(これ一番重要w)
・他の人のチョコは食べたくないとヤキモチやく太朗。
・ここぞと言う時に太朗って名前で呼ぶ波音くん。
が、書きたかっただけです。
寝る瞬間にこんなこと思いつくんです、相当沸いてます。
とんでもないことになりましたがね…!
恥ずかしくて仕方が無い、それ故いつも以上に出来が悪くてすみません。。
波音くんに兄弟設定とか好き勝手しすぎですよね。
でも私の中で勝手に確立したお兄さん像で波音太+お兄さん話とか書きたいです。
…とりあえず二人で幸せにやってくれればそれでいいんじゃねーかという願いを込めて。
勝手にバレンタインに捧げる小説とさせてもらいます。
2007.02.14
原作より波音くんのプロフが解ったので、兄と姉を変えました。
お姉さん設定でこれの続き書きたいですw
2007.03.04 加筆修正